2010年10月24日

リチャード・シンクレア ホームステイ日記 初日

【 10月8日 金曜日 】

朝5:30頃、新橋駅近くでポセイドンの増田さんと待ち合わせ、車で成田空港へ。エール・フランスの到着後約30分、次々搭乗客が出てくるが、なかなかリチャードの姿が見えない。一番最後に御大登場。チノパンにTシャツというラフな出で立ち。増田さんを見つけて手を挙げる。初対面のご挨拶。「イヤー、荷物が1個出てこなくてねー。フレンチ・エアーが『次の便に乗っているから待っていてくれ』って言うんだよ。」というわけで、30分ほどカフェで待機することに。楽器の荷物がベースのハードケース1つだけなのを指して、「ヒースローでも大変だった。あと2本ギター持ってきたのに、『過重量です』って、新しいギター1本買える位の料金を請求するから、日本で1本買えばいいやと思って、へザー(奥方)に持って帰ってもらったんだ。」乗るときも降りるときもトラブル続きで「まったくフレンチ・エアーは…」という気分の様子。
遅れてきた荷物を引き取り、駐車場へ向かおうとすると、「あれ?サングラスがない。」荷物を開けて中を調べだすリチャード。でも見つからず、さっきのカフェに違いないということになり、増田さんが取りに行く。待つ間に大事なポイントをいくつか聞いておく。(この時点ではリチャードの「あれ?○○がない。」の恐ろしさをまだ知る由もなかったのであった)


ベジタリアンか?食物アレルギーは?食べ物で嫌いなものはあるか?日本にいる間に特に食べたいものは?
 → ベジタリアンではないが肉より魚の方が良い、アレルギーはない、何でも食べられる、すべての和食が大好きだからいろいろ食べたい。
あまりの優等生的返答なため、外交辞令と理解し、食事のときは油断しないように見守る必要ありと心がける。
とても疲れていますか?早速眠りたいですか?
 → まったく平気だ!眠りたくなんかない、ほら、ラ〜ラ〜〜ッ…(と、突然空港ロビーで歌いだす!)
(わかったわかった)とりあえず今日は何がしたいですか?
 → ギターショップに行きたい!


湾岸道路を辰巳から右折、箱崎へ向かう。増田さんは徹夜明けのため、すっかり寝ている。
「この先がレインボーブリッジか?」
「今日はレインボーブリッジは通らない。帰るときにネ。」
どうやら以前来日したときにレインボーブリッジを通ったことがあるらしい。
「よく虹が出るのか?」
「いや、イギリスと違って東京ではほとんど霧もなければ虹も出ない。日本では実体と関係なく名前がつく。虹はでなくてもレインボーブリッジ、緑がなくて丘もないのにも緑ヶ丘…」
「へーそうなのか、ところで…」
このあたりで、車に乗って以来リチャードがほとんど絶え間なくしゃべっていることに気になったが、きっと無事到着したことによる一時的な軽躁状態なのだろうと(この時点では)思っていた。

増田さんが他の用事のため銀座で下車。2人だけになって自宅へ向かう。新橋あたりで
「今、家に向かっているの?」
「ええ」
「家に行く前に直接ギターショップに行けない?」
「今まだ午前9時前だから。多分楽器屋は11時頃から。」
「まだそんなに早いのか!ラリ〜ラ・リラリ〜〜…ところで、前にキャメルで来た時は、ミスター・ウドーが…」
車中のBGMがデイブ・シンクレアのフルサークルになったので、すばやく“O' Caroline”に曲を進める。リチャードはCDからでてくる自分の声にハモったり、ユニゾンで歌ったり。その後の“That Day”“Sancti”も同様で、リチャード・シンクレア2人のコーラスを聴けるという得がたい体験をさせてもらった。

家に着くと、丁度妻が出かけるところで、簡単にお互い挨拶。荷物を降ろし、リチャードが使う部屋に案内。リチャードはシャワーを使い、着替えてから居間へ。黒い革パンツに黒Tシャツという、いかにもという格好。
「何か飲みますか?イギリス流の紅茶も、豆から挽く香ばしい珈琲もできますが?」
「日本茶が良いです。」
本当かなーと思いながらも、正しい淹れ方で煎茶を出すと
「おいしいおいしい」
と大喜び。リチャードがカンタベリーで買ってきた、日本の生活用品・食事などのイラスト付英訳本のようなものを見せてくれる。事細かに鮨ネタの魚の種類まで書かれていて、
「和食が大好きだから何でも食べたい。」
とのたまふ。
「箸は使えますか?」
「もちろん、イギリスでもよく和食を食べているから。カンタベリーには日本人用の学校があって、たくさんの日本人学生がいるんだ。だから街に日本の食品を売っている店もあるし、私の家の3階に住んでいる娘が…」

ギターショップということになれば、御茶ノ水〜駿河台下にかけての楽器屋密集地帯にご案内するしかあるまい…と、即座に行き先を決めて車で出発。車中ではリチャードとヒュー・ホッパー共作の“Somewhere in France”をBGMに。まず神保町の「いもや(天麩羅)」へご案内。天麩羅鍋の見えるところに座り、定食2人前注文。天つゆが魚の出汁と醤油などから出来ていて、そこに大根おろしが入っていることを説明し、
「苦手だったら塩をもらうからそれをつけて」
と言っておいたが、難なく天つゆ大根おろし入りをクリアー。食べている途中で「当店は塩を出しません」の張り紙に気がつき、冷や汗。「美味しい、美味しい」
の連発で、学生でも残す人がいるほどの量を、最後は余ったご飯にお代わりした天つゆをかけて平らげてしまった。

店を出てからも、天麩羅がいかに美味しかったか話し続けるリチャードを、駿河台下交差点角のギター屋にご案内。1階のベースコーナーでは、
「一番良いベースは、実は日本製のフェンダー・ジャズベースなんだ。このフレッドを全部引っこ抜けば完璧だ。」などと、手荒なベース薀蓄を披露。2階のアコギのコーナーで、いろいろ試奏したい、出来れば全部という。お店の人に重量の関係でギターを持ってこられなかった件、もうじき本番のギグがあり、至急日本でギターを入手せねばならないことといった事情を説明し、協力を請うて、大量にいじりまくることに許可をもらえた。
他の日本人客と店員さんの振る舞いを観察すると、ある程度候補を絞り込んで、1〜2本のギターを試奏して、買うモデルを決めている様子。そんな中、片っ端からこれと思うアコギを弾かせてもらう。日本の楽器屋に並んでいるギターが、皆、弦を緩めてあるのが不思議かつ面倒らしく、
「弦を締めたり緩めたり繰り返すと、ネックが背側と腹側に波打って曲がるからかえってよくないんだ。店のギターも全部緩めないで張りっぱなしにしといた方がいいよ。」
と、1本1本試奏するたびに、弾き終わったギターの弦を緩めて元に戻してくれているお店のお兄さんに笑顔で忠告していたのであった。ロンドンではそうなのか?幸いお店の人は、私の
「貴重な商品を何本も試し弾きさせてもらって申し訳ない。弾いた後、そのたびに弦を緩めることを手伝ってくれているあなたの親切に感激している。」
と申しています、というでたらめ通訳に笑顔で頷いてくれた。危ない危ない。

結局、気に入ったものはなく、というか気に入るようなギターはMartin製などで非常に高く、他の店へ。どうやら、最初の店でいろいろ触った結果、アコギでも、ネックが太めなこと(日本製のは一般的に細すぎらしい)、ボディーがやや厚めな上シングルカットで奥まで手が入ること、できればピックアップが付いている事が条件としてあげられたため、次の店からは、その条件を私が告げて、店の人が持ってきてくれた数本を中心に試奏させてもらうことに。雨の中、十数軒、計4時間も探し回ったが、値段を含め、リチャードの気に入ったモデルがなかなかないことが確定的となっていた。が、リチャードは鼻歌交じりでむさぼるように次から次へとギターを試したがる。
こうなることを1時間前に察知していた私は、携帯で妻に、近所の鰻屋に6時からの予約で席を取ってもらっておくように指示しておいたのだ。おもむろに切り出す。
「ところでリチャード、妻が6時に和食の予約をしておいてくれたのだけど…、鰻の料理でとっても美味しいんだ。」
「OK、今日は帰ろう。ところで君のうちにはギターはあるの?」
「ハンドメイドのガットギターが1本あるにはあるけど、もう30数年ほとんど使ってないから、ネックは反っているかもしれない。」
「わかった。」
といって、坂の途中の店に入り、ナイロン弦のHard Tension Typeを購入し、やっと帰路へ。4時間立ちっぱなしの私はヘロヘロに。(「今日は」の深い意味を後日思い知ることとなる)

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リチャードは初対面のうちの子と挨拶。4人で「平八(鰻)」へ。鰻を待つ間、長芋の千切り酢の物、鰻の肝串、とりわさ、おしんこ、といった、そうそうたる「外国人がマイッタしそうな和食」で冷酒をいただく。我々夫婦は、まずは生ビール!というスタートだが、リチャードはビールを飲まず、冷酒を褒めちぎり、グイグイと盃を空けていった。鰻の肝には我々に習って山椒をふりかけ完食。取り分けてあげた他の料理も、
「美味しい、美味しい」
と器用に箸を使って食べつくし、
「特にこれが美味しい」
と、糸を引いた長芋の酢の物はお代わりを繰り返した。リチャード恐るべし。これにはお店の人もびっくり。きっと納豆もいけちゃうんだろうなー、などと考えつつ、待つこと約40分、鰻重の出来上がり。おそらく生まれて初めて見たであろう鰻の蒲焼に、なんの躊躇もなく箸を入れて一口…
「あー、美味しい!」。
お重のご飯が硬めで少しまとまりにくく、箸で食べづらそうなので、妻が
「スプーンをもらいましょうか?」
と聞くが、
「否、結構。」
と、がんばって箸で食べ通した。その姿に彼の「和食のエキスパートになってやる」という意気込みを私は感じた。店のご主人や奥さんにも帰りに挨拶され、ご機嫌なリチャード。


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台風接近の雨の中、ほろ酔い加減で、ラリラ〜・プーッ・パッパヤ〜Rain drops are falling on my head〜などと歌いながら帰宅。屋根裏倉庫からギターケースを取り出し、開けてみると、ピロピロに伸びきったり、切れたりした弦が付いたままのガットギターが姿を現した。幸いカビてはおらず、リチャードは鼻歌を歌いながら弦を取り替えていく。すべて張り終え、音叉でチューニングしたあと、弾き語りで “Going for a Song”を歌う。目の前で聴いてるこっちは眩暈がしそうだったが、歌い終え「ウーム」といいながら、ネックを頭の方から見て反りの有無を確かめたりブリッジを触ったりしていた。
「OK。ネックは大丈夫だ。今日試したギターの中で一番だ。だけど、ブリッジに溝が切っていないから弦が高めに浮いてしまっている。少しだけ切れ込みを入れれば完璧だ。」
と、妻を呼んでカッターを持ってこさせ、弦を緩めてブリッジにカッターで溝を掘り、そこに弦をはめていった。
「パーフェクトだ!」
それからの約30分は、我々家族3人だけが聴衆の、リチャード・シンクレア独演会。ミュージシャンというよりエンターテナーという言葉がぴったりのパフォーマンスであった。寝る前に、
「明日は何がしたい?」
「出来れば日本の良いバンドのギグを見に行きたい。」
「わかった。増田さんに何かないか聞いておきましょう。朝は何が食べたい?完璧なブリティッシュ・ブレックファストも可能だけど?」
「完璧な和朝食がいい。」
「味噌汁は大丈夫ですか?」
「オー!味噌汁大好き。わかめもOK!」
「わかった。妻に伝えておきます。おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」

嵐のような1日目終了。翌日は本物の嵐の中へ。
posted by Crescent Label Master at 12:10| Comment(0) | 日記
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