2010年10月24日

リチャード・シンクレア ホームステイ日記 第7日目

【 10月23日 土曜日 】

いつものように、シャワーのあと和朝食。車で岡本民家園へ。もちろんチビギター付き。車中例によって弾き語りは続く。日本の古民家は、グレート・ブリテン〜アイルランドのそれと、非常に似ている点が多い。特に藁屋根の張り方がそうで、リチャードもこの意見には同意していた。ただし、神棚、障子や囲炉裏といったものは、日本独特の文化なので、リチャードの関心を引く様子。煙たなびく囲炉裏端に座って、チビギターの弾き語りを始めた。当日民家園を管理していた老齢の女性が、興味深げに聴き入っていたのが印象的。

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縁側に供えられた十五夜?のお供え餅が気になって仕方ないリチャード。
「イングランドでは『神は唯一絶対』のようだけど、日本は多神教的なところがあって、何千年と生き続ける樹木や、満月などの神秘的な自然現象にも『神』を感じて、こうやって供物を捧げてお祈りをする文化があるのです。この餅や植物は、月の神に捧げられているのです。。。多分。。。そして、この餅の数に意味があって、月の満ち欠けの形に応じて歴で『第何日目の夜』というふうに決められているのですが、餅の数がその数にそろえられているはずです。。。多分。。。」
「そうなのか・・・」
私のいい加減な説明に感心する。

1023b.jpg 民家園の裏山で、小さな竹の木を引っこ抜くリチャード。持って帰って植えるのだという。裏にある井戸や、鳥小屋など、日本のノスタルジーを充分感じたところで、一旦帰宅して、近所でランチをとることに。
「和食では、鮨、天麩羅、鰻、蕎麦、など、大体なんでもありますが、何を?」
「天麩羅。」
ということで、「与喜(天麩羅)」でランチ。本当に天麩羅が好きな人だ。
ビールとお酒で昼間からいい気分に。

完食後、靴を買いにABCマートへ。丁度手ごろで気に入ったものが手に入り、よかったよかった。その後、サングラスを売っている店を数件回るが、気に入ったものがなく、これは諦めることに。一昨日入った山野楽器を再来。チビギターの弦巻が今ひとつ気に入らないようで、もっと緩まないしっかりしたのに取り替えたいという。店側は、用意できる3種類の弦巻を出してくれたが、どれもが普通の6弦ギター用で、チビギターの小さなヘッドには大きく重過ぎるという判断となり、これも諦め。
さすがに、最終日で疲れているらしく、「これから御茶ノ水へ行こう!」という話にはならない。一昨日サインをもらっていた女の子と、他の店員さんが、CDを持ってやってきた。
「お店にキャラヴァンが一つだけありました。」
見ると、私が見たことのないベスト盤。リチャードは知っていたようで、裏返し、写真を指差して、
「これが僕だよ。この頃はまだ髪があったけどね。クククッ」

日のあるうちに、自宅前で、何カットかデジカメや6×6で自然光ポートレイト撮影。イタリア南部のプーリア(長靴の踵の辺り)に移住を希望しているリチャードは、イタリア車が気に入ったらしく、「このAlfa Romeoと一緒に撮って。」と希望。

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「プーリアには、円錐形の屋根で声がいい具合に反響するトゥルリっていう面白い形の建物がいっぱいあってね。僕もヘザーも気に入ったんだよ。ほら、『Gray & Pink』のジャケットに描いてある可愛い家があるでしょ。丁度あんな形。あっちに移住できれば、毎日お日様にあたれるし、ヘザーの陶芸も自宅でできるようになるし・・・」

どうも、イギリス人は歳をとると、南へ南へと行きたがる傾向がるように思う。スコットランドに住んでいた私の友人は、冬の暗い雲、雪やみぞれ、強い風にうんざりして、イングランド南部のソールスベリーに引っ越したし、スペインのマラガ〜コスタ・デル・ソルや島(マヨルカ島、イビサ島、フォーメンテラ島)には、引退したイギリス人が大勢住み着いている。そういえば、マヨルカやイビサはケヴィン・エアーズやロバート・ワイアットの、フォーメンテラはピート・シンフィールドゆかりの島だったな。
リチャードは、英国内では比較的南で暖かなカンタベリーに住んでいても、やっぱり「もっと南。」ということになるのだろうか・・・とすると、「京都に住みたい。」と言っているデイヴ・シンクレアは、かなり珍しい部類に入るようだ。

その後は、近所のスーパーで、海苔、お茶漬けの素、切干大根、梅干、味噌汁(ドライ)などを大量購入。明朝早いため、すぐに楽器の間に埋めてパッキング。すると、暗くなり始めた時間帯に、大きな揺れが。テレビで震度3の表示が出る。急いで階下におりてみると、リチャードが困惑気味。
「何これ?」
「これが地震だよ!」
「そうか、照明が揺れてるんで風が入ったのかと思ったが、自分も揺れてる感じで妙だったんだ。これが地震か!」
そう話している最中に第二震。その後少し時間を置いて大きな揺れが更に1回。
今回の来日で、巨大台風2個、大地震3揺れを体験したリチャード。

1023d.jpg 夕方、家族3人とリチャードで、昨日予約しておいた「しゃぶ玄(しゃぶしゃぶ)」へ。紙のように薄く切った牛肉は、あちらではない物なので、興味津々。コツを教えたら、どんどん胡麻ダレとポン酢を使い分けて食べていく。箸を使うことにも全く危なげなく、皿や小鉢を左手で持ち上げて自然に食べている。
「和食のエキスパートになりましたね。」
「どうもありがとう。でもまだ生徒の段階だね。」
2時間以上かけて、ゆっくり食べ、飲み、語らい、笑い、皆心置きなく最後の晩餐を楽しんで帰宅。

へザーから「壊滅的な地震が日本であったとBBCが流しているが、皆大丈夫か?」と、メールで安否情報の問い合わせ。
「関係者は皆、震源地(東京の北300km)から離れているので大丈夫。ただし、震源地周辺は大変なことになっている可能性があり、住人たちのことをとても心配している。」と、返事を打っておく。

テレビは地震関連の番組を緊急報道。被害状況が気になって仕方がないが、明日は朝早いので、早めに就寝。
posted by Crescent Label Master at 13:06| 日記

リチャード・シンクレア ホームステイ日記 第6日目

【 10月22日 金曜日 】

例によって、シャワーの後、和朝食をたいらげる。食事中、今日明日の予定を話し合う。すでに決まっている、今日夕方の能鑑賞を軸に、それまでの時間は鎌倉へ行くことになり、明日は、実質的なステイ最終日なので、区内の民家園でクラシカルな日本の住宅を見学することと、カンタベリーに持って帰りたい食料品などを近所で買うこと、傷んできた靴を買い直すこと、もう一度楽器屋へ行くこと、うちの家族とどこか外でさよならパーティー兼食事会をすること、その他の時間は、記念撮影などに当てることになった。

鎌倉へは、京都で買ってきた「禅」の字が書かれた真っ赤なTシャツを着て、チビギターを持って出発。車中、いつものようにリチャード・コーラス(CDと生音声)を聞きながらの、贅沢な時間が過ぎる。第三京浜から横浜新道へ入る。リチャードに、今走ってきたのが、あの大型台風直下、横浜まで走ったときと同じ行程であることを告げると、あまりの風景の差にびっくり仰天。
さらに、横浜横須賀道路へと乗り継いで、朝比奈インターから一般道へ。鶴岡八幡宮に寄ろうかどうしようか迷ったが、琵琶法師状態が高じて、長い参道の途中で立ち止まって、本当のストリート・ミュージシャンをやってしまうことが危惧されたので、時間的なことを考えて、大仏のある長谷の高徳院へ直行。

寺に足を踏み入れ、最初に竹の柄杓で水をとり、手を清める儀式を行う。リチャードはなんの躊躇もなく手を洗う。歩を進めると、目の前に、巨大大仏が出現し、仰天するリチャード。はしゃぎ気味で、修学旅行生の記念撮影の後ろに立って一緒に写真に写ったり、団体旅行のバスガイドのかわいこちゃんと写真を撮ったり・・・大仏の中に入ると、エコー効果抜群の音響に感激し、あっちに移動しては「ラララーッ」、こっちに移動しては「ラーラリーラー」と、大仏内のどこが一番反響するか確かめた上で、チビギター&ヴォーカルのミニコンサート開催。観光客の御夫人方やカップル、修学旅行中の小学生たちから喝采を浴びていた。

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大仏から出ても琵琶法師状態が続き、大仏の周りを弾き語りしながらゆっくりと何周もする。横の売店で、鎌倉の大仏に関する英語の解説本、線香、絵葉書(大仏のと富士山の)などのショッピングを楽しむ。売店の横に吊り下げられた巨大なわらじが不思議なようだったので、
「あれは大仏が立ち上がってどこかへ出かけるときに履く、ストローでできた巨大サンダルなのだ。」
と、適当な解説をすると、大ウケ。一見厳格な空気感に包まれた日本の仏教寺院の中に、控えめなユーモアが隠し味で用意されていることに、とても感激している様子。

帰り道ですれ違う着物を着た女性がとても気になるらしく、「一緒に写真に写ってくれないかなー。」とおねだり。私が声を掛けて、合計2人の着物女性と写真撮影成功。寺を出て、「御代川(会席料理)」のコースをいただく。その後、門前のおみやげ屋やブティックで、へザーの為の衣類を大量に買う。ついでに自分用の「日本」「一番」などの漢字が印刷されたTシャツも。
一度駐車場の車を出して帰ろうとするが、「忘れ物をした、戻ろう。」と言うので、少し先でUターン。待ちきれないリチャードは、車を降りて足早にお店に入っていく。再度駐車して店に行って見ると、へザーに買ったのと同じタイプで、生地がもっと高い(アンゴラ)マフラー兼コートのような、ポンチョ風の品の良い服を買っている。私の妻へのプレゼントだと言う。こういう気の使い方は流石という感じ。こちらも素直に感謝の念を伝える。

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帰宅し、リチャード直々に妻にプレゼントを贈呈。思わぬ贈り物に喜ぶ妻。時間が迫っているので、渋谷の観世能楽堂へ、能鑑賞に出かける。謡を習っている母から情報を得て、今日の演目のうち、「篭太鼓」というのが、堤や笛、地歌がふんだんに入り、一番飽きさせないと聞いていたので、丁度その時間に入場。店じまいを始めている売店で、慌てて能や和楽器のCDを買うリチャード。

渋谷までの車中、演目のストーリーと、楽器、アクターが踏み鳴らす舞台の床が、巨大なドラムになっていることなどをあらかじめ教えておいたのだが・・・開始10分後ぐらいには、すっかり舟を漕ぐリチャード。いびきをかき出したら起こさねば、と構えるが、途中、気が触れた(振りをした)女が太鼓を乱打する場面で、音にびっくりして起きた様子で、杞憂に終わる。

能楽堂を出て、東急本店の方へ歩く。
「能は歌舞伎のような派手な展開がないな。」とリチャード。
キャメルで来日したときは、UDOに歌舞伎に連れて行ってもらったのだという。
「能の音声は、モノトーンで上下動がほとんどないので、眠くなる人が多いんですよね。」
「そうなの」と、しらばっくれるリチャード。「今度のCDタイトルは決まったようなもんですね。『Dedicated to you but you weren't aw
ake. Oh NOH!』」
「ギャハハハ。それヒューの曲の名前のもじりだろ?ほんと、危うく寝るところだったよ。」(って寝てたじゃん!)

道々、片腕を水平にあげ、すり足で進みながら、
「お〜の〜、ぅい〜どんとの〜、あばうとの〜〜。」
などとデタラメ能を舞いながら街へおりていく我々。時折「ギャハハ」と大笑いの声が高級住宅地松涛にこだまする。
「ここに、坂田明がいてくれたらなー。」などと、馬鹿なことを考えているうちに、車を停めておいた東急本店へ。

この辺りが泊まっていたホテルのあった辺だと気づくと、「一度行きたい。」という。黒い流線型のサングラスを渋谷でなくしたはずなので捜したい、とのこと。案の定ホテルでは「ない。」といわれた。しかし、リチャードはあきらめず、ベースを修理に持っていったギターショップに違いない、という。このへんで修理可能なほどのギターショップは、道玄坂のYAMAHAしか知らないので、そちらに行こうとすると、「反対の方だ。」とセンター街の方へ。結局自力で場所はわからなかったが、「2階にあった。」という記憶を頼りに、こちらが探してイシバシ楽器渋谷店に行き着く。こんなところにイシバシがあったとは・・・。サングラスの件は瞬時にして「ありません。」の返事。しかし、もうちゃっかり椅子に座ってベースを試奏しだした。やがて店内に“蛍の光”のメロディーが流れ出す。
「この曲はスコットランドの民謡が原曲で、“Auld Lang Syne”だったかな、それで」
「オー、知ってるよ。こうだろ、‘♪Should auld acquaintance be forgot, And never brought to mind? ♪’」
と、浪々と歌い始める。
「いや、そうじゃなくて、日本ではこの曲は『お別れの時』に流す音楽なんですよ。だから、お店でこの曲が流れる時は、『閉店時間です』のアナウンスになるのです。」
「そうなの。」
と、意に介さない。
新発売?の5弦ジャズベースを欲しそうにしている。買いそうな勢いだ。
「もうすでに1本買っているし、とても持って帰れないよ。」
というと、惜しそうに店員に聞く。
「3月に日本に戻ってくるんだけど、それまであるかな?」
「モデルとしては新しいので、3月までに製造中止になるかどうかは・・・よっぽど売れなければすぐにモデルチェンジになっちゃうこともたまにあるんですけど・・・まー、このモデルだったら、3月まではあると思いますね。」
やっと矛を収め、閉店過ぎに、やっと外へ。結局サングラスは見つからぬまま、夜の渋谷のネオンをバックに写真を撮って欲しいと希望。こういうカラフルな人工光は、カンタベリーやロンドンでは見たことがないのだろう。

明日は、実質的最終日。先に決めた予定以外に、「新しいサングラスを買うこと。」も加わった。

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やっと帰宅。近所でやや遅めの夕食をとろうということになり、「三崎丸(鮨)」。少し(かなり?)意地悪をして、上級者向けの、光り物(コハダ、アジ、イワシ)、貝類(赤貝、鳥貝、北寄貝)や軍艦巻き(ウニ、イクラ)などを試してみようということになった。ナマコの酢の物も熱燗の肴で試食。
結果的には、リチャードは全て問題なくたいらげてしまい、「たいへん美味しい。」との論評を下さった。出すネタごとに、日本語で「今度のは無理でしょう。」などと、ささやき合っていた鮨職人のお兄さんともども土下座。オソレイリマシタ。
お兄さんは、
「梅しそ巻きは絶対無理でしょう!」
などと勧めて?くれたが、
「駄目!全然駄目!梅干が大好物なんだもん。大阪行ってる間、梅干がなくなるかもしれないってんで、自分で梅干の瓶詰買って持ってくぐらいだから。試してみる?」
「リチャードどう?」
「『とっても美味しい』だって、ほらー。」
「じゃあ、納豆巻きは・・・」
「駄目!うちで納豆美味しそうに食べてた。」
というように、全く勝負にならない。

もう、この人は普通の日本人より和食が好きかもしれない。ホームステイの最中、実は一緒に食事をとるこちらの方が、「そろそろロールキャベツが食べたい。」「いい加減にオムライスでもいいから洋食を食べさせてくれ、ラーメンや中華でも良い。」「贅沢は言わない、この際マクドナルドでも手を打とう。」などと勝手に提案しそうになり、喉をかきむしって悶え苦しんでいたのだが、何食でも連続で和食が食べたいという・・・。そういえば、初日に「すべて好きだから何でも食べたい。」みたいなことを言っていたなー。いやいや、本当の本当でしたね。
リチャードの完全勝利ということで、帰宅。

「今度来た時には、八丈島のクサヤを出すしかないな。」
などと企みつつ就寝。
posted by Crescent Label Master at 13:00| 日記

リチャード・シンクレア ホームステイ日記 第5日目

【 10月21日 木曜日 】

正午頃、新横浜駅に関西から戻るリチャードを迎えに行く。あらかじめ、関西でのホストである、Six Northの島さんから、到着電車と車両の情報をいただいているので完璧だ。リチャードは、ベース、チビギター、衣類の入ったバッグ以外に、何やら色々手に持って下車。先々週、横浜ジャズ・フェスの帰りに寄った寿司屋がこの近くであることを伝えると、「是非行きたい。」と。

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ほぼ2週ぶりの「翁寿司(鮨)」。御主人はもちろん我々のことを覚えていて、最初から話が弾む。リチャードは、京都で買ってきた怪しい沖縄風楽器など何点も店の中で広げて御披露。中には、ブリキの空き缶に棒を刺して三味線にしたようなへんてこなものさえ混じっている。その様子を、笑って許容する御主人。
その上で、例によってチビギターとヴォーカルで“Going for a Song”“Keep on Caring”などのミニコンサートを始めるリチャード。

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「仕事でやってるだけじゃなくて、根っから音楽が好きなんだね。」
「京都からだったら、富士山は見えましたか?」
「上半分が雲で見えなかったです。」
例によって1.5人前の握りと、アサリ、シジミのお椀を作ってもらって、完食。

自宅へひとまず帰り、荷物を置いてから、六本木Super Deluxeへ出かけることにする。道々、帰国までの自由時間に、何をしたいのか聞いてみると、京都でへんてこ楽器を山ほど買って満足したのか、意外にも御茶ノ水や新大久保はもういいとのこと(やれやれ)。
「オチャノミズ」が発音しづらいようで、車中何度も練習する。
「ところで、アイン・ソフと演ったのは、何ていうとこだっけ?」
「吉祥寺。」
「キイチジ・・・?」
何度教えてもツボをつかめない。
「OK。料理が好きで台所に住み着いているGeorgeという男がいましたとさ。皆から『Kitchen George』と呼ばれていました・・・はい、言ってみて、『Kitchen George』。」
「Kitchen George」
「OK。“en”抜けば完璧だけど、それで充分通じます。」

シャワーを浴びてから、着替えて出かけることになったが、どうやらどのTシャツも汚れていてだめらしい。妻が急いで洗濯をするというが、ギグには間に合わないので、急遽貰い物の私のTシャツを着て行ってもらうことに。
「六本木は乗り換え無しで行けるので電車にしましょう。終わったら飲むかもしれないし。」というと、弦やアンプに接続するコード類を少し買いたいので、行きがけにギター・ショップに行きたいという。
というわけで、山野楽器へ。希望の品々に加えて、ウケレレをハードケースつきで買っている。うちの子へのプレゼントだという。申し訳ない。
「僕も最初に父から買ってもらったのがウクレレなんだ。弦が4つで学びやすいし、小ぶりで子供でも持ちやすいしね。」
「いくつのときに買ってもらったのですか?」
「3歳。」
リチャードの楽器歴は、3歳のウクレレに始まって、バンジョー、ギターと進んで、15歳のときに、父親同士が知り合いだったホッパー兄弟と一緒に演るようになり、それがWilde Flowers になったようだ。ベースを主要楽器とし始めたのは、キャラヴァンからだという。
そういう経緯を聞くと、ヒュー・ホッパーとデュオで“Somewhere in France”を発表したときに感じた違和感、「どうしてベーシスト同士で?」の謎が解けた。思春期に彼らが出会ったとき、リチャードはギタリストであって、まだベースを手にしていなかったのだ。ソロ・アルバムなどで、ギターを弾きたがるのは、こういう楽器歴があるからだろう。

お店の女の子にサインをしてあげて、出発。六本木Super Deluxe に4時半過ぎに到着。モーガン・フィッシャーはもう来ていて、細かなサウンドチェックをしているところだった。リチャードはモーガンと握手して挨拶。続いて私も御挨拶。「あっ、渋谷の初日打ち上げにいたおじさんだ!」と、このとき気づいた。少し遅れてサム・ベネットが到着。三人三様のサウンドチェック。

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リチャードは、ベース、チビギター以外に、今日買ったばかりのウクレレや、京都で買ってきた怪しい鐘とそれを叩くスティックも試している。
モーガンは、ヴィンテージもののキーボードに色々な仕込みをしていて、変形マイクのようなものを口に咥えて声を出すと、シンセサイザーを通してモノトーンな機械的な声に変換するようにしたり、演奏と同期させて、巨大な映写映像が切り替わるように仕込んであるようだ。
サムは、タブラのようなパーカッションと、テルミンのような動作で音が出るシンセサイザー、電動歯ブラシなど、およそ普通のパーカッショニストとはかけ離れた装置の数々。サウンドチェックも、ノイズとシグナルの差が、私には弁別不能だった。

間に休憩を入れた2部構成で演ることに決まっており、前後半とも、10分づつのソロの後、3人での即興ということになる。ソロの順番を決めるために、3人でジャンケンポン。サム、モーガン、リチャードの順になった。

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会場には、モーガンの常客、サムのファンに加えて、告示期間が短かったのに、熱心に駆けつけてくれたリチャードのファンもたくさん来場してきてくれた。アイン・ソフ、渋谷の2日の3会場すべてで見かけた熱心なファンの方も散見。休憩時間には、こういった熱心なファンの方々と、即席サイン会&撮影会。

演奏は、とてもユニークな即興。時々リチャードが自分の持ち曲のメロディーを数フレーズ出して、他の2人のインタープレイの洪水を呼び込む。今まで聞いたことのない音楽がそこにあった。明らかにリチャードは楽しんでいる。
モーガンがリフレインをかけたまま、キーボードを離れ、サムは観客席のテーブルの上においてガタガタ音を立てさせていた電動歯ブラシを回収して終了し、リチャードも、鼻歌ハミング&ベースを静かにヴォリュームオフにして終了。

元々、キャラヴァン離脱の原因は、リチャードによれば、「演りたがりで、毎日楽器に触って歌っていたいリチャードに対して、パイやリチャード・コーフランは、『仕事のときだけ』という感じで、音楽100%の生活に踏み込んでくることはなく、とても物足りなかったから。」ということらしい。相手の言い分もあるだろうが、私が一緒に過ごしている限り、「演りたがりで、毎日楽器に触って歌っていたい。」というのは確かで、私に対しても、「だれか知り合いでセッションする相手いない?」と、何度も聞いてくる始末。今回のGray&Pinkツアーも、3回の本編以外にリチャードはあちこちで演奏しているが、これは皆リチャード自身の「演りたがり」要望を受けて増田さんが実現させたもの。
一方、デイヴの方は「演りたがり」ではなく、一人静かに部屋にこもってピアノで作曲していたいという「創りたがり」といえよう。したがって、リチャードと違って、一度も本編以外のギグは演らない。

ギグの後、リチャードと増田さんと3人で、近所の居酒屋へ。二人で仕事の話(“What in the World”正式CDプレスや、HF&N来日公演の話)をしだしたが、熱燗をあおるうち、私はすっかり眠ってしまった(失礼)。

二人に起こされ、リチャードとタクシーに乗って帰宅。
posted by Crescent Label Master at 12:54| 日記