2010年10月24日

リチャード・シンクレア ホームステイ日記 <番外編3>

【 10月15日 金曜日 】

Gray & Pink 本番初日。

昨夜採寸したデイヴのズボンを買いに、昼に妻とユニクロへ。ちょうど良い感じの黒い細めのストレート・コーデュロイ・パンツが見つかり、裾あげしてもらって、帰る。

午後、増田さんから電話。
「昨夜お宅でのリハで、リチャードはベース使ってました?」
「ええ、曲によってはベースにしてましたよ。」
「じゃあ、今日いきなり始めたんじゃないんですね。分かりました。どうも。」
本番当日、第1部のリハで、いきなりリチャードがベース弾き出したんで、「聞いてないよ」状態だった様子。

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夕方、開場前に到着。リハーサル〜サウンドチェックがステージで進んでいる。さすがに両シンクレアとも緊張の面持ち。
ステージをパッと見て一番目立つのは、デイヴのハモンド&レスリー。ハモンドはヴィンテージものの大きなやつで、レスリーの更に大きなスピーカーにつながれている。レスリーの上部でファンがクルクル回っている様がバッチリ見えて、「おおー!」と感嘆の溜息が漏れる。昨日までのリハーサルでは、ハモンドの代わりに普通のキーボードを使っていて、ヴォリューム不足なく、デイヴ独特の歌うようなメロディアスな運指の妙が良く聴き取れたのだが・・・デイヴやスタッフにとっても、このレンタルした古楽器に触るのは今日が最初。なかなか思うように鳴ってくれない。
リチャードの方は、マイクの性能がとても良いこともあって、ヴォーカルの方は問題なし。ただし、頭皮の静止摩擦係数の不足から、しょっちゅうヘッドフォン型のマイクがズリ落ちそうになる。ベースにも無線でアンプまで飛ばすタイプのターミナルがつけられた。動き回っても大丈夫ということなのだろう。だが、かえってこれがリチャードにとって勝手が違ったようで、違和感からか、何度も手で触っている。
頃合を見て、デイヴにズボンを渡す。デイヴのハモンドの音が立たないのが気にかかるが、時間的にこのままの状態で本番突入するしかない様子。

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第1部開演。リチャード、デイヴの順にステージ登場。デイヴは黒いズボンをはいている。小さくて入らないという最悪の事態は回避できている様子。「あとは落ちないようにベルトで締めておくれ!」
デイヴはエレピに専念。リチャードが、曲ごとに、ヴォーカルのみだったり、ベースを入れたり、チビギター(そういえば、なぜかラインでつながず、外部マイクで音を拾っていた)にしたり・・・。
昨夜のリハーサルと違って、“O Caroline”がエレピ、“If I could do it all over again, I'd do it all over you”がピアニカに変わっていた。きっと今日のリハーサルでまた変えたのだろう。
途中デイヴのエレピにトラブル発生。電源を一回落として立ち上げ直さねばならない事態が生じ、数秒間リチャードの独唱となったが、トラブルはその後おこらず、よかったよかったといったところ。全体的には、世界中で史上初めてこのデュオを聴いたことになる聴衆が、固唾を呑んで音楽に集中し、真剣に見、聴き、心を動かされている様子がビンビン伝わってくる、とても良いコンサートになったと思う。
欲を言えば、リチャードの声がベストであれば(一部高音が出ずにオクターヴ下げた箇所あり)、また、デイヴがエレピではなくグランド・ピアノを弾いていたら・・・プログレというカテゴリーを越えて、このデュオが「音楽の真髄」を現出させしめる数少ない音楽家であることを、もっと多くの聴衆が悟ったのではないか・・・などと思うが、長いキャリアの中で、この従兄弟同士が初めてデュオのステージに立ったという、歴史的な瞬間を体験できただけで、感極まるものがあったことも事実。

第2部。オパビニアの3人を加えてのパワフルなグループ演奏。すでに「音職人」の領域にいる3人は、リハでの打ち合わせどおり、緩急自在の楽器捌きを見せてくれた。完全にスコアが決まった演奏かというとそうでもなく、各々のソロなどでは、各自、自由裁量での演奏になっていたと思う。しかし、原則スコアどおりの進行の場面でも、御大リチャードが突然(本番の最中に!)ひらめいてお約束をはずしていったり・・・さぞや勝手が違ったことだろう。しかし、彼らの良いところは、そういう「揺らぎ」自体も、リチャードの「味」と理解(諦め?)し、2人のシンクレアに尊敬の念を抱いて、演奏しているところだ。オパビニアの面々が、リハの最中ずっと「難しい」と心配していた“9 feet 〜”の転調ごとにクルクル変わるテンポの保持も、危なげなく乗り切って、流石。
リチャードは例によって、観客の反応を見ながら楽しそうに演奏。歌詞は歌詞カードをチラチラ見ながらではあったが、大局的に問題なし。
ただし、デイヴのハモンドが立たないのは相変わらずで、ついに、最初から最後まで、視覚的にはデイヴが頭を上下させ、一生懸命ハモンドの鍵盤を叩いているのに、聴覚的に「?」の状態。律儀なデイヴは、ハモンドを捨てて、他のキーボードだけで演奏することを良しとしなかったようで、音が弱かろうが何だろうが、せっかくポセイドンが大枚はたいて借りてくれたヴィンテージ楽器を叩き続ける。
このあたりが、二人のシンクレアのもっとも大きな性格的差異が如実に表れた事態ともいえよう。


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Photo by Satomi. I



もしもリチャードがキーボード奏者だったら、さっさとハモンドは捨てて、ピアニカ持ってハモンドの前に躍り出ただろうし、第1部でエレピが止まった際も、すかさず他のキーボードに切り替えて、演奏中の電源入れ直しは避けたに違いない。
リチャードは、「準備はやや適当(失礼)。でも本番は聴衆の気をそらすことなく、何をしてでも観客を楽しませるのが仕事。」と思っているふしがあり、アメーバのように柔軟に対応するので、本番でのアクシデントに強い(ただし、「リチャードがアメーバになりすぎて芯がなくなってしまうことが、共演者にとって最大のアクシデントだ。」という噂もある)。
一方、デイヴは「きちんと準備をする(実際第1部のメドレーなどは、皆デイヴが準備したもの)。しかし、本番では準備した線から外れることを良しとせず、頑なに既存のコースを堅持しようとする。」という、日本人の心性に近い、良い意味での強迫性がみてとれる。従って、ハモンドを弾くべきパートはハモンドを忠実に弾き、本番中にエレピが止まれば、電源入れ直してでもエレピの続行を試みようとする。
実は、この日の夜、二人はお酒が入って、多少言い争いになったらしいが、おそらくこのへんの「優先順位の違い」によるものだろう。(翌日には2人はケロッとしていた。)

演奏終了後、裏口から出ることなく、2人は熱心なファン数人の待つ観客出入り口へ向かう。途中、私に気がついたデイヴは、ニコニコ顔で近づいて握手を求めて言った。
「完璧だったよ!」
「ん?」ハモンドはずっと駄目、エレピにもトラブル発生・・・なのに・・・
「『完璧』って何が?」
「このズボンのことさ。色も形もサイズもパーフェクトだ。」と、嬉しそうにニコニコしながら、ユニクロのズボンを摘まんでみせた。
2人で大笑い。(これがイングランドの高度なユーモアなのか、天然なのかは謎)

打ち上げ会場の居酒屋へ行くと、二人と飲みたがっている方々(日本人&外国人)で席は満杯になりそうだったので、すでに長時間彼らと一緒にいる私は、遠慮して帰路に着いた。
このときにチラッと顔を見た外国人のオジサンが、後日六本木で会うことになるモーガン・フィッシャーその人であろうとは、この時点で気付くはずもなかった。
posted by Crescent Label Master at 12:38| 日記

リチャード・シンクレア ホームステイ日記 <番外編2>

【 10月14日 木曜日 】

夕方、渋谷のレンタルスタジオへリハーサルを覗きに行く予定にしていたが、家をでる前に増田さんから電話。
「本番第2部のグループ編成の方は、昨日と今日でリハができたんですけど、第1部のデュオの方が全然やる時間がなくて…、昨夜も知人宅でリハーサルやったはずなんですが、不十分らしいんですよ。それで…リチャードが言うには、お宅にピアノがあるからこっちのリハが終わったらお邪魔してデュオのリハをやりたいと言うのですが…、やっぱりお邪魔でしょうか?」
そうか、昨夜のは宴会じゃなくてリハだったのか!
「いえ、問題ありません。うちは夜中でも大きな音を出してOKですから。」
というわけで、電車で行く予定を変更し、急遽車で出発。

スタジオに入り、オバビニアの清水さん、芳垣さんとは初対面のご挨拶。鬼怒さんとは横浜以来2度目のご挨拶。チビギター購入の経緯をお伝えし、お店を教えて下さったことにお礼。
猛烈な暑さの中、完全にリチャードが全体の指揮をとってリハが進んでいた(“9フィート”だけはデイヴ)。これがビックリするぐらいよい出来で鮮烈な音。
比較的モッタリした、輪郭の柔らかな両シンクレアの音が、オパビニアのエッジの効いた音彫刻に混じってクルクル踊る…非常に耳新しい音楽がそこには出来上がりつつあった。本番でコケさえしなければ、ひょっとするとマジカル・ナイトになるかもしれない…と思わせるに充分な出来であった。

スタジオでのリハが20:00に終了。直ちに2人を楽器や乾電池式ベースアンプともども車に乗せる。鬼怒さんと芳垣さんが、「えっ?これからまだやるの?体力あるなー。」と感嘆。今日のスタジオリハは、8時間ぐらいだったという。疲れているのに、これから本当に体力がもつのだろうか?と、心配になる。
リチャードの希望で、一旦ホテルに戻り、荷物を置いて着替えることに。ついでに、溜まった洗濯物を全部持ってくるように伝える。洗濯物は、リチャードが買い物袋2つ分、デイヴはその1/4程度。他のは昨日自分で洗濯したのだという。
自宅に到着。デイヴはTシャツとバッジをお土産にと妻に渡す。気の使い方が日本人みたいな人だ。刺身とおにぎり(焼たらこと鮭)、サラダに味噌汁という簡単な夕食をとるが、これから真剣勝負なので、刺身用にとウイスキーのショットグラスにちょっとだけ日本酒を出すだけにし、「あとはアルコールなしにしましょう。」と宣言。


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さっそくデイヴはピアノに座り、即興で何か弾いている。「いいピアノだ。」と気を使ってくれる。リチャードは、ベースをアンプにつなぎ、簡単なサウンドチェック。チビギターにもチューニングを施し、スタンバイ。
明日以降の本番に備え、同じ曲順でリハーサルが進む。ピアノを置いているギャラリーの反対側で、妻と私がうっとりとその様子を見て聴いていた。子供はしばらくして眠気に勝てず就寝。歌いすぎのためか、リチャードの声がいつもより少しかすれ気味なのが気にかかる。


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途中、アレンジの打ち合わせ行きつ戻りつがあり、結局23時過ぎに終了。ビールで喉を潤すご両人。さて、渋谷のホテルまで送りましょう。と提案するが、デイヴが言いにくそうに話しかけてくる。
「実は、昨日ホテルで洗濯したのですけど…」
「?!」
デイヴが調達してきて使った洗剤が、実は洗剤ではなくて、漂白剤だったという。
「服が全部斑になっちゃって…実は、明日の本番も、今はいている汚れたズボンしかないことになってしまいました。」
「はっ?マジですか?」
「マジです。」
「でも今日はもう遅いし…明日は買いに行く時間はありますか?」
「リハーサルとサウンドチェックのため、全く時間はありません。」
「シャツもですか?」
「シャツは本番用のが無事です。大丈夫です。」
というわけで、明日、本番までにこちらであつらえて会場に届ける約束をし、巻尺でデイヴのウエスト、股下、腰高を測定する。
「色は?」
「黒。」
「生地やその他はお任せでよい?」
「えーと、日本のは膨らんだ形のが多いけど、スリムなのがいいです。」
わかりました。何とかやってみましょう。

渋谷のホテルまで送る間、後部座席の2人は、とりあえずリハが済んで安心したのか、非常に饒舌に。冗談を飛ばしあい、ゲタゲタ笑いながら、あっという間に到着。

「では、リチャード、ホテルの空気は乾いていて喉が心配だから、濡らしたバスタオルを部屋に掛けたり、バスタブにお湯を張ったりして寝てください。」
「OK、分かっている。」
「デイヴ、ズボンのことは心配なく。えーと、ベルトはあるんでしたっけ?」
「ベルトは大丈夫。」
「では、おやすみなさい。明日会場で。」
posted by Crescent Label Master at 12:20| 日記

リチャード・シンクレア ホームステイ日記 <番外編1>

【 10月13日 水曜日 】

20:30頃、仕事から帰ってくると、先日リチャードに代わって私が連絡をとった旧友の某氏より電話。
「リチャードに聞いたら、お宅がうちのお近くなのがわかったので…、今リチャードとデイヴが来て飲んでるんですけど、宜しかったらいかがですか?」
遠慮なくお邪魔することに。飲むに決まっているので、妻に送ってもらい、某氏宅に到着。
迷わなければ自宅から車で10分足らずの所。
奥様の案内で部屋に入ると、リチャードが手を挙げる。続いてデイヴ。リチャードは例のベイビーを持ってきている。部屋の隅には弦が切れた他のアコギが…。
「さっきリチャードが切ったんですよ。」と某氏。
「そうだと思いました。実は先日も御茶ノ水のイシバシでも弦をあんまり強く引っ張るもんだから切れちゃって、小沢一郎似のオジサン店員に睨まれたんです。弦はストロング・テンションのしか買わないですし…。」
ご主人である某氏とは初対面。お互い、ゲストの外国ミュージシャンの方が機知の仲という妙な関係ながら、楽しくお酒をいただく。他にも某氏のお知り合い3名の方がいらしていた。
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結構お酒がすすんだ頃、デイヴがピアノに向かい、静かに、リヴァーブの効いた感動的な音色を奏で出す。続いてリチャードが歌う。"9 feet underground"の後半、リチャードがボーカルを担当していた部分のフレーズ。生で体験する、生きている音の説得力に呆然となる。よく見ると、リチャードがファイルに入れた歌詞カードを見ながら歌っている。ひょっとして今度の公演用か?その後も、ミュージシャン、聴衆ともにグイグイ飲みながらのミニコンサートが進む。時折、リチャードとデイヴは打ち合わせながら音を合わせていく。デイヴがピアニカで演奏する場面もあり、大ウケ。夜中の2時過ぎ、皆体力切れになり、散会。

呼ばれたタクシーに乗り込む2人。リチャードはプー帽子をかぶり、ベイビーをひざの上に立てて乗せており、デイヴは何か液体を入れたビニール袋の上をつまんで顔の前にぶら下げている。ちょうど金魚すくいで捕った金魚を持って帰る子供のような格好だ。ほとんど漫才コンビのような出で立ち。

タクシーを見送り、某氏や皆様にお礼。ぶらりと歩いて家路についた。



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posted by Crescent Label Master at 12:18| 日記